〈中洲アカデミー〉で25年ぶりの再会~人生初の博多の夜~

▶ 目次
1.六本木アカデミーがあった頃の話

2.25年ぶりのアカデミー訪問
3.お下劣なショータームは変わらず

六本木アカデミーがあった頃の話

1990~95年頃、東京・六本木に〈六本木アカデミー〉という伝説のコミックパブがあったのを、覚えている方はいるだろうか?幸子ママと数人の日本人キャスト(全部オカマさん)。そしてフィリピン人のニューハーフ20名弱が繰り広げる魅惑のショータイム。ピーク時は、1日500人を超える客の熱気。
元々、博多にあった〈中洲アカデミー〉というショーパブの人気店が、バブル景気に乗って、東京に鳴り物入りで進出してきたっていう評判でした。

六本木店もあっという間に人気に火がついて、ギルガメッシュナイトやEXテレビなど、深夜の番組で、取り上げられるほど。
*特にギルガメでは、スタジオでお店のライブの再現をやっていました。フィルピン人だけですけど、前代未聞です。

30歳に満たない時分、私はそこの常連で、週に1度は通っていました。同僚や後輩を連れていき、常識を振りかざす会社のおじさん達によく怒られたもんです。
「若いもんに悪い遊びを教えるな」。
2年半くらい続いたでしょうか。

1回2~3万払っているとして(基本お安い店なんです)、200回近く来店しているとすれば、タクシー代などを含め、通算で500万円くらいは浪費したはず。
若気の至り以外のなにものでもないのですが、これが芸の肥やしとなり、どこかで活きてくれていれば…。

ただ、流行り過ぎるとやっかみも多いらしく、警察の手入れを2度受け、悔やまれるも東京進出4年足らずで閉店の憂き目に。
噂では、午前1時過ぎのお下劣なショーが、改正された風営法に触れたとか?
私が最後に訪問した際には、入口にバリケードが貼られていました。
くわばらくわばら。
フィリピン人たちも皆、帰国させられたと聞きました。
そんなこんなで、それっきりになっていました。

それがねぇ、中洲にまだあったんです。
ホームページがあったので、たまにチェックはしていたのですが、熱も冷めていました。
それが、まさか訪問する事になるとは…。

25年ぶりのアカデミー訪問

仕事の関係で、急に九州に訪問することになりました。
前日は鹿児島。2日目は、福岡に移動して、そのまま宿泊のスケジュール。

実は私、九州はじめてだったんです。
香港・マカオは25回ほど渡航していて、沖縄や北海道はそれぞれ5度は旅行しているのですが、福岡も長崎も全くの未体験。
土地勘もありません。
なので博多の夜も、上司に連れられ、夕方から天神でもつ鍋をいただいておりました。食事も美味しくて良い街です。
腹を満たし、ホテルに戻りますが、残念ながら、まだ21時前。
俺はまだ、中洲を見てない。屋台を見てない。
単純な好奇心から、宿を抜けだし、単独で地下鉄に乗り、中洲川端駅で降ります。

ホテルのフロントの方に訊いておいたので、なんとなく場所は把握できていたのですが、屋台って100軒くらいあるイメージでした。数えると15軒もなかった。
*本当は川の反対岸にもあるらしいです。

満腹だったため、腰を落ち着ける気にもならず、ぐるっと一周してお終い。次は夜のネオン街をならします。
で、春吉橋からロマン通りという路地に入ったところで、見慣れた看板に出くわします。
なんと中洲アカデミーではないですか!?
まぁ、実際には確信犯で、鹿児島からの新幹線の車内で、なにげなく検索して、おぼろげに所在地は覚えておりました。
入口の表示に書かれた値段は、22時過ぎの入店でもセット料金5,000円(90分)。昔と変わんねー。
時刻にして、22:05。
どうしても確認したいことがあるんです。明日の事もあまり考えず、さくっと入店です。

照明も薄暗く、ショースペースを囲むようにして配置されたテーブルは、六本木そのまま。本店ですから、却ってこちらのほうが広いかも。
ショータイムの狭間だったので、キャストの皆さんは、お客さんのテーブルに割り振られて接客。賑やかな笑い声がフロアに響いています。
正面のテーブルに通された私の横には、マツコという日本人のオカマさんがつきました。訊けば、同い年。
ベテランの彼女?なら、私の謎を解明してくれるかも。
疑問はというと、ホームページにも乗っているこのお店のママさんは、「蒼宇子」という名前。でも、私が知っている六本木アカデミーの「幸子ママ」と瓜二つなんですよ
ただ、私が六本木に通っていた当時、自分より20歳くらい年上かと思っていました。
だから25年たった今なら、72歳??? 
まさか現役のはずがない!
*中洲アカデミーの公式ホームページはこちら。ある意味、昔と全く変わってない。
顔のよく似た弟(妹?)とか、息子(娘?)なんだろうか?
これが私が知りたかったミステリーです。
隣りのマツコさんに、「九州初めてなんです」とか「でも大昔に六本木にお店出してましたよね?」とか話しながら、探りを入れます。
「それなら、蒼宇子ママと会ってたかもしれないわね?」とマツコさん。
???
やっぱりか!?
気を利かしたマツコさんが、ママを呼んでくれました。
「幸子さんですよね、むかし?」
六本木にアカデミーが在った頃に、よく通っていた話を打ち明けます。私の顔をじっと見て、頭を回転させている様子。
言われてみれば記憶にあるって感じでした。
*私のことをちゃんと覚えていたかは怪しかった…。
則子さんとか、金ちゃんとか、当時いた日本人のオカマさんたちの思い出話をしながら、めちゃくちゃ流行っていた六本木時代を振り返りました。
閉鎖された後、博多に戻り、バブル景気終了後は小倉や熊本になった系列店も閉店したとのこと。幸子さん事態も、病気をしたり不運が続いたため、蒼宇子に改名したのだとか。

お下劣なショータームは変わらず

やがて、ショータイムの始まりです。

ノリの良さは相変わらず。ただ昔はもっとお下劣だったかも? 懲りたのでしょうか?

渡辺直美そっくりのニューハーフがいましたが、この方、タイ人だそうです。名前は「ナオミ」なんですけど…。

フィリピン人だけでなく、タイ人のニューハーフが10人近く来日しています。クオリティはなかなか。

ショーの最中や、エンディングのキャスト紹介で、縦に折り曲げた千円札をチップとして渡すのは、昔とおんなじです。
懐かしかったです。半世紀前の記憶が頭の中で再生されました。
初めて来た時、独特な雰囲気に気圧され、頭の中にドーパミンが出まくったのを思い出しました。
あの時、最初に横に座った「ジェシカ」というニューハーフはどうしてるんだろう? 私と同い年か、2~3歳下で、綺麗な顔をした小柄な女性?でした。
ショーの後についた古株のフィリピン人が覚えていました。
ジェシカは7、8年前まで中洲のこの店にいたそうです。今はシンガポールに移り、性転換して、女性としてご活躍みたい。どこかのショークラブで働いているんだとか。

ほぼ同世代だったから、今じゃ50代。時の流れです。2回目のショーが始まる前に退店しました。
勘定は2万と500円。セット料金2回分にタレントさんのドリンク代。

それとは別に、ショーを見て渡したチップが、7,000円。
ヤッテマッタ!(流行りの岐阜弁です)
この〈中洲アカデミー〉。昔から博多では、超有名店です。テレビCMが放映されていたり、5月の博多どんたくでは、パレードに参加するほど。ある意味、中洲の夜の顔と言えるかも?
お客さんの中には女性や出張族も多く、皆、幸せそうな顔をしています。
ちゃんとこうして残っていてくれて、なんか安心しました。
以上。

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  • コメント ( 6 )

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  1. ハマトラ

    こんにちは。ご無沙汰です。
    私は毎月、中洲詣でしております。
    東京の時からあんまり行かないお店なので縁がありませんでした。
    懐かしい出会いを楽しまれたのですね。
    今月は15日佐賀、16日中洲の予定です。
    私も楽しんできます。
    追伸、来月は久しぶりのマカオです。
    福岡空港から直行です。友達と行きます。
    お互い勝ちましょう。

  2. 同僚A氏

    おお、とうとうきましたね。
    長い戦いでしたね。

  3. KazeMakase

    関係のない話ですが、今月でアドセンスが8,000円に到達したため、広告料が振り込まれそうです。

  4. 同僚A氏

    こちらは元気でやっております。
    あのステーキハウスはおいしかったです。

  5. KazeMakase

    お久しぶりです。お元気でしょうか?
    当時は結構、修羅場だった気もするけどね。

  6. 同僚A氏

    東京でどこぞのお店に行くより楽しい時間だったのではないでしょうか(笑)
    自分も六本木のベルファーレで踊っていた時を思い出しました。